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名古屋地方裁判所 昭和45年(ワ)384号 判決

原告

佐藤幸一

代理人

高木英男

乾てい子

伊藤敏男

被告

石原快二

主文

被告は、原告から金四五〇、〇〇〇円の支払を受けるのと引換えに、原告に対し別紙目録記載の土地につき、昭和四三年四月八日付売買を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

一、当事者の求めた裁判

(一)  原告

主文同旨の判決。

(二)  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

二、請求原因

(一)  原告は、昭和四三年四月八日被告から、農地法第五条の規定による許可のあることを条件として、つぎの約定のもとに別紙目録記載の土地(以下、本件土地という)を買受け、同日内金二、〇〇〇、〇〇〇円を支払つた。

1  代金 金二、四五〇、〇〇〇円

2  代金支払方法 契約成立と同時に金二、〇〇〇、〇〇〇円、所有権移転登記手続に必要な一切の書類と引換に残代金四五〇、〇〇〇円を支払うこと。

(二)  そして、原告は、被告とともに、愛知県知事に対し、本件土地につき農地法第五条の規定による許可申請手続をしたところ、昭和四三年六月一日付をもつて同県知事から右申請に対する許可があつた。

よつて、原告は、被告に対し、右売買代金残額金四五〇、〇〇〇円の支払を受けるのと引換に本件土地につき所有権移転登記手続をするよう求める。

三、請求原因に対する認否

全部認める。

四、抗弁

被告は昭和四三年一一月二七日、愛知県海部郡佐屋町の司法書士三輪正雄方において、原告に対し、本件土地の所有権移転登記手続に必要な一切の書類を用意して売買残代金四五〇、〇〇〇円の支払を求めたが、原告がこれに応じなかつたので、同年一二月三〇日原告に対し口頭で本件売買契約を解除する旨の意思表示をした。

五、抗弁に対する認否

全部否認する。もつとも、原告が被告からその主張の日に登記申請書類と引換に、売買残代金の支払を求められたことは事実であるが、このとき被告の用意した登記申請書類中には登記済権利証がなく、これに代えて保証書が添付されていたので、原告は、被告に対し、保証書による登記申請が不動産登記法第四四条の二の規定による手続を経て正規に登記官によつて受理されるまでの間、売買残代金の支払を留保したい旨申し述べてその支払を拒んだのである。

六、証拠〈略〉

理由

請求原因事実は当事者間に争いがない。

そこで、被告の抗弁について判断するに、〈証拠〉によれば、本件土地につき愛知県知事の農地法第五条の規定による許可のあつた後、あらかじめ打合せしたところにしたがい、原告は昭和四三年一一月二七日、妻に金四五〇、〇〇〇円を託して愛知県海部郡佐屋町の司法書士三輪正雄方へ赴かせ、一方被告は前同日、右司法書に依頼して本件土地の所有権移転登記手続に必要な書類を作成準備し、売買残代金の授受と所有権移転登記手続を行なうに必要な手はずを整えたこと、ところが、このとき被告が準備した登記申請書類中には、本件土地に関する登記済権利証がなく、これに代えて不動産登記法第四四条の規定による保証書が添付されていたので、その場に立合つた本件売買契約の仲介人訴外服部亨らは、被告に対し、保証書による登記申請は、同法第四四条の二の規定による手続を経た後でなければ、登記官によつて正規に受理されないので、同法条の規定による手続を経て登記申請が正規に受理されるにいたるまで売買残代金の授受を見合わせるのが相当である旨を説いてその了承を求めたが、被告は、終始売買残代金の支払を受けない限り登記申請書類を交付できない旨強く主張してこれに応じようとしなかつたため、結局、本件売買契約に関しては、売買残代金の授受と所有権移転登記手続が行なわれないままとなつたこと、以上の事実が認められ、被告本人尋問の結果中、右認定に反する部分は、右認定の事実に照らしにわかに措信しがたく、ほかに右認定を左右するに足る証拠はない。

ところで、不動産の買主が、売主に対し、所有権移転登記手続に必要な一切の書類と引換えに、売買代金の支払を約した場合において、売主が買主をして売買代金債務につき遅滞に陥らせるためには、売主は、買主に対し、当該申請書類を登記官に提出すれば、ただちに登記申請が受理される程度に完備した登記申請書類を提供する必要があるものと解するのが相当である。けだし、「所有権移転登記手続に必要な一切の書類と引換えに」ということは、「所有権移転登記を受けるのと引換えに」との謂にほかならないからである。しかして、不動産登記法第四四条の二は、保証書による登記申請について、かかる登記申請があつた場合においては、登記官は、ただちにこれを受理することなく、郵便によつて右登記申請のあつたことを登記義務者に通知し、登記義務者から所定の期間内に書面で右登記申請に間違いがない旨の申出があつてはじめて、右登記申請を受理すべき旨定めている。したがつて、同法条の規定によれば、不動産の買主が、売主に対し所有権移転登記手続に必要な一切の書類と引換えに売買代金の支払を約した場合において、売主が、買主に対し、保証書による登記申請に必要な一切の書類を提供したとしても、これによつてただちに買主が売買代金債務につき遅滞に陥るとは解しがたく、売主が買主をして右債務につき遅滞に陥らせるためには、売主は買主に対し、右申請書類を交付したうえ、登記官からの通知に対し、保証書による登記申請が間違いない旨の申出書を発し、これが登記官に到達することを要するものというべきである。

しかして、これを本件についてみるに、さきに認定した事実によれば、被告は、原告に対し、保証書による登記申請に必要な書類を提供したにすぎないというのであるから、この段階においては、原告は、未だ売買残代金債務につき遅滞に陥つたものとはいいがたく、したがつて、たとえ被告が原告に対し、その主張の日に売買契約を解除する旨の意思表示をしたとしても、右意思表示は、その前提を欠き効力を生ずるに由ないものといわなければならない。

よつて、原告の本訴請求は理由があるから、正当としてこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。 (大塚一郎)

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